平成3(1991)年10月に開園しました布引ハーブ園は、当時の日本ではあまり知られていなかった、人間の生活に役立つ植物ハーブを爆発的な勢いで全国に広めました。現在の神戸の街では、ラベンダーもローズマリーもごく普通に見かけますが、当時は一本もなかったのです。造園家として恥ずかしいことに計画・設計担当の私は、全く知りませんでした。そこでハーブ研究家広田靚子氏の指導でハーブを植えていきました。
ロープウエイの中間駅「風の丘」駅から、ワグナーが「歌劇タンホイザー」初演した、ドイツの「ヴァルトブルグ城」をモデルとする山頂駅へいく園路の右側の石垣にカロライナジャスミンと「時計草」を混植して這わせたのです。私たちは、「時計草」さえよく知らなかったのです。花時計のような奇っ怪な花だなあ、と内心思っていました。
ところが、初代駐日公使ラザフォード・オールコックが著した幕末の外交史上貴重な資料『大君の都』「The Capital of the Tycoon」にサマセット・モームが小説に書いた『困ったときの友』の舞台「垂水沖の暗礁(現在の平磯灯標の所)」の存在やこの「時計草」のことを書いているのです。
オールコックは、兵庫津を視察したとき、町中の店頭では興味を惹くものはなかったが、新種の「時計草」と「イラクサ」を見つけたと記しているのは驚きです。幕末の兵庫津に野草の「時計草」があったのです。「時計草」は英語で「passion flower」といいますが、「passion」は「情熱」という意味でなく、「受難」の意味なのです。「キリストの受難」を表しており、キリスト教徒にとって特別な花なのです。針は十字架。雌蘂は釘、雄蘂は10人の使徒を表現しています。
イラクサは、葉と茎に棘があります。オールコックが知っているイラクサはおそらく属違いの「セイヨウイラクサ」(セイヨウイラクサ属)です。日本で見たのは、イラクサ科イラクサ属だと思います。